10月からビール値下げへ せっかくなのでビールの歴史を振り返る

酒税法改正 なにがどうなる?


みなさん、10月1日から酒税法が改正されて、ビールが安くなったり、第三のビールがちょっと高くなったりすることをご存知ですか?

やや小難しいので、わかりやすくイラストにまとめると

Yahoo! JAPAN 「酒税法改正 なにがどうなる?」より)


こんな変化が起こるんですね。

つまり、「10月からビールが安くなる!」というわけなので
そんな記念すべき日を祈念して、ビールの歴史を紐解いていきたいと思います。


初めてビールを飲んだのは、あの将軍!?


諸説ありますが、ビールが日本に初輸入されたのは江戸時代とされます。 暴れん坊将軍でお馴染み・徳川吉宗に献上され、日本人で初めて飲んだとか飲まなかったとか。

その後、開国されたことで、西洋料理とともにビール文化が一気に浸透するわけですが、当初はあまり受け入れられていなかった様子。たとえば、『和蘭問答』という書物には「ビール飲んでみたけど、思いのほかまずかったわ(意訳)」といった記述があったり、キング・オブ・一万円札こと福沢諭吉も「ビールはめっちゃ苦いけど、コミュニケーションには最&高(意訳)」と言った感想を残しております。


国産ビールメーカー(の前身)がたくさん登場

▲日本でビールを作り始めたのは居留外国人たちだった。

そんな輸入ビールが徐々に日本を席巻するなかで、明治時代にある気づきが生まれました。そう、輸入ビールはめちゃ高いうえに、長時間輸送するので品質が悪かったのです。

そこに目をつけたのが居留外国人たちでした。自らビール醸造所を開設し、日本国内での醸造ビジネスを拡大させていきます。のちに"ビールの伝道師"と呼ばれるウイリアム・コープランドが横浜に設立した醸造所は国産ビールの原点であり、そのルーツは現在、キリンビール社に受け継がれています。


▲最初に日本でビールの商業化に成功したウイリアム・コープランド。

また、ほぼ同タイミングで、日本ビール界の未来を担うメーカーが誕生しました。

・1876年、「開拓使麦酒醸造所(後のサッポロビール社)
・1887年、「日本麦酒醸造会社(アサヒ・サッポロに継承)
・1889年、「大阪麦酒会社(後のアサヒビール社)

ちなみに新一万円札の渋沢栄一は、キリンビール社やサッポロビール社の前身に経営参加していたとのこと。一万円札の顔になりたい人は何かしらビールに関わっていると良いのかもしれません。


ビール税が導入された結果、怪物メーカーが誕生


1901年、これまで無税だったビールに初めて税金がかけられることとなりました。明治政府的には、成長著しいビール業界からなんとか税をとりたかったのでしょう。

酒税によって淘汰される中小企業が相次ぐなか、ビール税や競争激化へ対応するため、大阪麦酒・日本麦酒・札幌麦酒の3社が合併し、「大日本麦酒(だいにほんびーる)」を設立。キュウソがネコをかむように、ピンチのときこそ革命が起こるのです。課税による苦境は国内ビール生産量シェア7割の"怪物メーカー"を誕生させました。


太平洋戦争でビール業界はカオス期に突入

▲1899(明治32)年、日本麦酒によるビヤホール「恵比寿ビール BEER HALL」が銀座に開業。

そんな業界の変化や進化があり、大正時代に入ってもビールは日本国民に愛されつづけました。第一次世界大戦下でもビアホールは増えつづけるし、ビールの消費もとどまるところをしりません。このまま国がビールに溺れるのではないかとさえ思われた勢いに待ったをかけたのは「太平洋戦争」でした。

太平洋戦争下での規制はすさまじく

・ビールはすべて配給制とする
・家庭用ビールが業務用に流れないように統一ラベルとする
・戦費調達のために、ほとんど毎年増税する

といった感じで、まさしくカオスな様相を呈していました。


そして、ビール業界は再び大競争時代へ


そんな苦難を抜けたのは、終戦後。1949年にビールの自由販売が再開されると、都内各地で少しずつビアホールの営業が再開されます。

また同年、怪物メーカーたる大日本麦酒が、日本麦酒(にほんびーる/のちにサッポロビールへ改称)とアサヒ麦酒(あさひびーる)に分割されるという歴史的な転換点があり、キリンビール・サントリーなども加わって、再び大競争時代へ突入していくこととなりました。

家庭に冷蔵庫が普及すると、各社は家庭飲みを意識した新商品を発売。「キリンラガー」がトップシェアを取ったかと思えば、苦味ではなく"辛口"をアピールした「アサヒスーパードライ」が革命を起こすなど、激しいトップシェア争いが続きます。

▲落合信彦出演のCMも話題になった「アサヒスーパードライ」。


そして時代は平成、令和へ


ビール業界は基本的にずっと激動の日々を送っているわけですが、とりわけ平成は、法改正による変化が訪れた時代だといえます。

1989年の「酒類販売業免許等取扱要領改正」では、スーパーやディスカウント店でビールが買えるようになりました。さらに、1994年の酒税改正ではビール製造免許の基準が劇的に緩和されて全国各地に地ビールが登場。「銀河高原ビール」や「ヤッホーブルーイング」はこの改正によって生まれました。

▲1994年の酒税法改正では、全国各地に400以上のクラフトビール醸造所が誕生。

1998年 キリンビールは、ビールテイストだけど値段が安い「麒麟 淡麗<生>」(発泡酒)を発売。1ヶ月で1億本売れるという異例の大ヒットを飛ばしたことで、その翌年には、サントリー「マグナムドライ」、サッポロビール「ブロイ」(どちらも発泡酒)が発売され、一躍発泡酒ブームに。

2003年には、発泡酒の酒税が改正されます。メーカー各社は、そのカウンターとして麦芽を使わない第3のビールを発明し新たな需要を開拓しました。100円前後で買える第3のビールは、お財布にもやさしく、現在では発泡酒より人気のカテゴリーです。そして、その発明が今年の酒税法改正へとつながっているのです。


まとめ:ビールの歴史は、酒税とともにあり


こうやってビールの歴史を振り返ってみると、日本国民がいかにビールを愛しているかがうかがえます。愛が深いゆえに、長くたくさん飲まれ、その結果酒税が導入されるに至りました。
ビール業界の歴史とはすなわち、酒税との戦いの歴史なのかもしれません。メーカー各社は、酒税の改正に対応するために合従連衡(がっしょうれんこう)し、数々の革命的な商品を生んできたのですから。

はたして、今年の酒税改正ではどんな変化が起こるのでしょうか。ぜひ、Yahoo! JAPANの特集でその変化の発端を確認してみてください。

>>Yahoo! JAPAN 「酒税法改正 なにがどうなる?」


参考:キリンビール、アサヒビール、サッポロビール、サントリー各社公式ホームページ

(構成・文=シーアール、編集=ヤフー、イラスト=スタジオかば)

▲トップへ戻る